住民ニーズを深掘り:デザイン思考で実現する「対話」を起点としたサービス改善の実践ガイド
住民の「声」が届かない?デザイン思考で対話の質を高める
日々の市民サービス業務に追われる中で、「住民の皆さんの声をもっと直接聞きたい」「アンケートでは見えない本当のニーズを掴みたい」と感じている係長クラスの職員の方は少なくないでしょう。しかし、住民の声を聞いても、それが具体的なサービス改善にどう繋がるのか、また、どうすれば本質的な課題を見つけ出せるのか、そのプロセスに頭を悩ませることもあるかもしれません。
本記事では、デザイン思考のフレームワークを活用し、住民との「対話」をサービスの起点とすることで、表面的な要望ではない真のニーズを深掘りし、実効性のある改善策へと繋げる方法を具体的に解説します。自治体の現場で、住民と共にサービスを創造していくための実践的なヒントをお届けします。
1. 住民の声に「耳を傾ける」デザイン思考の共感フェーズ
デザイン思考の最初のステップは「共感(Empathize)」です。これは単に意見を聞くことではなく、サービスを利用する住民の立場に深く入り込み、彼らの感情、行動、課題、そして隠れたニーズを理解することを目指します。
1-1. 表面的な要望の奥にある「真のニーズ」を掴む
住民から寄せられる声は、多くの場合、特定の「要望」として表現されます。「〇〇の窓口を増やしてほしい」「〇〇の手続きを簡素化してほしい」といったものです。これらは重要ですが、その要望の背景にある「なぜ、そう感じるのか」「何に困っているのか」といった本質的な理由を深掘りすることが、より良い解決策に繋がります。
例えば、「高齢者向けの広報誌が分かりにくい」という声があったとします。この表面的な課題に対し、単に文字を大きくするだけでは不十分かもしれません。背景には「活字を読むのが億劫になっている」「情報源が多すぎて何が重要か分からない」「そもそも外出の機会が減り、情報を手にする機会がない」といった、より根深いニーズが隠れている可能性があります。
1-2. 具体的なヒアリング方法:対話の質を高めるアプローチ
真のニーズを掴むためには、質的な情報収集が不可欠です。
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1対1のインタビュー(半構造化インタビュー):
- 誰が: サービス対象となる住民(例: 高齢者向け情報提供サービスであれば、実際に情報にアクセスしづらいと感じている高齢者とその家族)。職員は複数名(聞き手と記録者)で臨むのが理想です。
- 何を: サービスの利用状況、日常生活、情報収集の方法、困りごと、喜びなどを自由に話してもらう。
- どのように: 事前に大まかな質問項目を用意しつつも、相手の話に合わせて柔軟に深掘りします。「なぜそう感じますか?」「具体的にどんな時に困りますか?」といったオープンな質問を多用し、相手の言葉で語ってもらう時間を大切にしてください。沈黙も会話の一部と考え、待つ姿勢も重要です。
- ヒント: 自宅や普段利用する場所など、住民がリラックスできる環境での実施を検討することで、より本音を引き出しやすくなります。
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観察調査(現場での行動観察):
- 誰が: 職員。
- 何を: 実際に住民がサービスを利用している現場や、関連する日常生活の行動を観察します。
- どのように: 例えば、高齢者施設での情報収集の様子、公共交通機関の利用状況、地域コミュニティでの交流の様子などを、先入観を持たずに観察し、メモや写真、動画などで記録します。
- ヒント: 観察するだけでなく、その場で「今、何をされていますか?」「その時、どう感じていますか?」といった簡単な質問を投げかけることで、行動の背景にある意図を理解しやすくなります。
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住民座談会/共創ワークショップ:
- 誰が: 職員(ファシリテーター)と複数の住民。
- 何を: 特定のテーマについてグループで意見交換やアイデア出しを行います。
- どのように: 参加者が自由に発言できるような安全な場作りが重要です。職員は意見を否定せず、傾聴に徹し、参加者同士の対話を促します。KJ法やブレインストーミングなど、アイデア出しの手法を取り入れることも有効です。
- ヒント: 異なる属性の住民(例: 高齢者、その家族、地域住民、NPO関係者など)を招くことで、多角的な視点が得られます。
2. 課題を「定義する」:得られた情報から本質を見抜く
共感フェーズで得られた膨大な情報の中から、サービスの改善に繋がる核となる課題を見つけ出すのが「定義(Define)」ステップです。
2-1. 情報の整理とパターン発見
収集した情報(インタビューの記録、観察メモ、写真など)を全てホワイトボードや付箋に書き出し、関連性の高いものをグループ化してみましょう。繰り返し出てくるキーワードや共通の行動パターン、感情などを抽出することで、個別の声の奥にある「本質的な課題」が見えてきます。
2-2. ペルソナとカスタマージャーニーマップの活用
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ペルソナ作成:
- 何を: サービスを利用する典型的な架空の住民像を具体的に設定します。氏名、年齢、家族構成、職業、趣味、日々の生活、ITリテラシー、そしてサービスに関する悩みや目標などを詳細に記述します。
- ヒント: 複数人のペルソナを作成し、それぞれのニーズや行動パターンの違いを明確にすることで、多角的な視点から課題を捉えることができます。
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カスタマージャーニーマップ:
- 何を: 特定のサービスや手続きを住民が利用する際の「旅(ジャーニー)」を可視化します。サービスとの接点、その時の行動、感情、思考、そして課題や機会を時系列で描き出します。
- どのように: ペルソナがサービスに「気づく」段階から「利用する」「利用後」までの一連の流れを、各ステップでの感情(喜怒哀楽)と共に視覚的に表現します。
- ヒント: サービス提供側の視点ではなく、あくまで住民の視点に立って作成することが重要です。「どこでつまずいているか」「どんな情報が不足しているか」が明確になります。
2-3. 課題の「再定義」:問題の本質を捉える
表面的な要望から深掘りし、ペルソナやカスタマージャーニーマップで可視化することで、当初の課題認識が変化することがよくあります。例えば、「高齢者向けの広報誌が分かりにくい」という課題が、「高齢者が地域情報をタイムリーに、かつ自分に合った形式で得るための手段が不足している」という、より本質的な課題として再定義されるかもしれません。この再定義こそが、イノベーティブな解決策を生む出発点となります。
3. アイデアを「発想する」:住民と共に創造的な解決策を
課題が明確になったら、次は「発想(Ideate)」フェーズです。ここでは、定義された課題に対する多様な解決策を、質より量を重視して生み出します。
3-1. ブレインストーミングと住民参加型ワークショップ
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ブレインストーミング:
- 誰が: 職員(部署内、部署横断)に加え、場合によっては住民や地域の団体関係者も参加します。
- 何を: 定義された課題に対し、「どんな方法があるか」を自由に発想します。
- どのように: 「批判しない」「質より量」「自由奔放」「結合改善(他のアイデアと組み合わせる)」の4原則を徹底し、付箋などに書き出して可視化します。
- ヒント: 「もし予算が無限にあったら?」「もし時間が無限にあったら?」など、あえて制約を外した思考実験も有効です。
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住民参加型ワークショップ:
- 誰が: 職員(ファシリテーター)と住民。
- 何を: 住民自身がアイデア出しに参加することで、より現実的で、かつ住民目線に立ったアイデアが生まれます。
- どのように: 課題を共有し、グループごとに話し合い、スケッチや簡単な模型でアイデアを表現してもらうなど、多様な方法で発想を促します。
- 成功要因: 職員が主導しすぎず、住民の意見を尊重し、自由に発言できる雰囲気を作ることが重要です。自治体からの「お仕着せ」ではなく、「共に創る」姿勢が住民の主体性を引き出します。
事例:高齢者向け情報提供サービス改善のためのアイデアソン
ある自治体では、「高齢者が知りたい情報にアクセスしづらい」という課題に対し、住民参加型のアイデアソンを実施しました。参加者には、高齢者とその家族、地域の民生委員、図書館職員、地元の商店主などが含まれていました。
- アイデア例:
- 回覧板に特化した「地域情報ハイライト版」の作成
- スマートフォン操作に不慣れな高齢者向けの「情報代理取得サービス」(家族や地域のボランティアがサポート)
- 近所の商店を「情報掲示板ステーション」として活用
- 住民同士の口頭での情報伝達を促す「おしゃべりサロン」の設置
- 自治体職員が定期的に地域を巡回し、口頭で情報提供する「出張広報」
これらのアイデアは、職員だけでは思いつかないような、住民の日常生活に根ざしたものが多く生まれました。
4. プロトタイプで「試す」:小さく始めて検証する
発想されたアイデアの中から、有望なものを具体化し、少数の住民に試してもらうのが「プロトタイプ(Prototype)」と「テスト(Test)」のフェーズです。自治体業務ではこのステップが最もハードルが高いと感じられるかもしれませんが、完璧を目指すのではなく、「小さく試して、早く失敗する」ことが重要です。
4-1. なぜプロトタイプが必要か
- 早期のフィードバック: サービスを本格導入する前に、住民からの具体的な意見や改善点を得られます。
- リスクの低減: 大規模な予算や人員を投じる前に、アイデアの有効性を検証できます。
- 対話のきっかけ: 具体的な「形」があることで、住民はより具体的なフィードバックを与えやすくなります。
4-2. プロトタイプの具体例と検証方法
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紙やホワイトボードを使った簡易プロトタイプ:
- 何を: 新しい広報誌のレイアウト、申請書のフロー、ウェブサイトの画面構成などを手書きで描いたり、付箋でシミュレーションしたりします。
- どのように: 試作品を見せながら「この情報はどうですか?」「この手順は分かりやすいですか?」と質問し、住民に実際に触れてもらいながら意見をもらいます。
- ヒント: 低コストで迅速に作成できるため、複数のアイデアを比較検討するのに適しています。
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模擬体験、ロールプレイング:
- 何を: 新しい窓口対応の流れ、電話応対スクリプト、説明会の進行などを職員が住民役となって体験します。
- どのように: 職員が住民になりきってサービスを利用する中で、つまずきやすい点や不便な点を洗い出します。
- ヒント: 実際に住民にも参加してもらい、模擬体験を通して意見をもらうことも非常に有効です。
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地域限定での試験運用(スモールスタート):
- 何を: 実現可能性の高いアイデアを、ごく一部の地域や住民を対象に実際に提供してみます。
- どのように: 例えば、新しい情報伝達方法(地域のおしゃべりサロンでの情報提供、回覧板の改良版)を特定の町内会で試験的に導入し、利用状況や住民の反応を定期的に調査します。
- 成功要因: 試験運用であることを住民に伝え、改善への協力を仰ぐことで、住民を「共創者」として巻き込むことができます。
事例:新しい回覧板の様式と「情報ハブ」のプロトタイプ検証
先のアイデアソンで出た「回覧板のハイライト版」と「情報掲示板ステーション」のアイデアを、ある自治体では以下のようにプロトタイプとして検証しました。
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回覧板ハイライト版プロトタイプ: 通常の広報誌から高齢者に特に必要な情報(健康診断、イベント、相談窓口など)を抜き出し、大きな文字とイラストでA4片面1枚にまとめた「お試し回覧板」を、特定の町内会の数世帯に配布。
- 検証方法: 1週間後に配布した世帯を訪問し、「読まれましたか?」「どこが分かりやすかったですか?」「もっと欲しい情報はありますか?」とヒアリング。
- 結果: 「これなら読む気になれる」「孫が読んでくれた」といった好意的な意見と共に、「文字の色が薄い」「もう少しイベント情報が欲しい」といった具体的な改善点が得られました。
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情報掲示板ステーション(情報ハブ)プロトタイプ: 地域の数カ所の商店に、住民が自由に地域のイベント情報や困りごとを書き込める簡易な掲示板を設置。職員が定期的に巡回し、行政情報も掲示。
- 検証方法: 設置から1ヶ月後、商店主や利用状況を観察し、住民に「この掲示板、見てますか?」「どんな時に使いたいですか?」とヒアリング。
- 結果: 商店への立ち寄り頻度が高い高齢者が情報を得るきっかけになっていることが判明。一方で、「個人情報が気になる」「書き方が分からない」といった課題も浮上し、情報管理のルールや書き方のガイダンスの必要性が認識されました。
5. テストと「改善」:継続的な対話でサービスを進化させる
テストフェーズで得られたフィードバックを元に、アイデアやプロトタイプを修正し、改善サイクルを回します。そして、サービスリリース後も住民との対話を継続し、サービスを常に進化させていくことが重要です。
5-1. 改善サイクルの確立
プロトタイプとテストは一度きりで終わらせず、何度も繰り返すことでサービスの質を高めていきます。「テスト」で得た学びを元に「プロトタイプ」を改善し、再度「テスト」を行う、というPDCAサイクルを回すイメージです。
5-2. 住民巻き込みの障壁と乗り越え方
- 住民の協力維持: サービス改善への参加は、住民にとって時間や労力が必要です。参加することのメリット(自分たちの声が行政に届く、より良いサービスが生まれる)を具体的に伝え、活動の成果を定期的に共有することで、モチベーションを維持できます。小さな成功体験を積み重ねることが重要です。
- 職員の意識改革: デザイン思考は、従来の「行政が決めて住民に提供する」というトップダウン型の考え方から、「住民と共に創造する」という姿勢への転換を求めます。部署内での勉強会や、成功事例の共有を通じて、職員全体の意識を高めることが重要です。
- 組織内の理解と予算確保: デザイン思考の実践には、時間や一定の予算が必要です。上層部や関係部署に対し、住民中心のアプローチが最終的にサービスの質向上と行政コスト削減に繋がることを具体的に説明し、理解と協力を得ることが不可欠です。小さな成功事例を積み重ねて実績を作り、組織全体の支持を得るのが有効です。
まとめ:住民との「対話」がサービス改善の源泉となる
デザイン思考は、単なるフレームワークではありません。それは、住民の皆さんの「声」の奥にある真のニーズに耳を傾け、彼らと共にサービスを創造していくための、強力なアプローチです。
「住民の声を聞いているが、改善に繋がらない」と感じていた係長クラスの皆様も、今回ご紹介したデザイン思考のステップ、特に「共感」と「プロトタイプ」における具体的な「対話」のヒントを、ぜひ日々の業務に取り入れてみてください。
小さな一歩からで構いません。住民との継続的な対話を通じて、貴自治体のサービスが住民の皆さんの生活に真に寄り添い、進化していくことを願っています。