住民と「小さく試す」:デザイン思考のプロトタイプでサービス改善を加速させる自治体実践のヒント
住民サービスの改善に関心を持つ係長クラスの皆様にとって、具体的な一歩を踏み出すことは、日々の業務に追われる中で大きな課題と感じられるかもしれません。特に、「大きな計画を立てて失敗したらどうしよう」「住民の声をどう形にすれば良いのか」といった不安を抱えることもあるのではないでしょうか。
デザイン思考のアプローチは、このような課題を解決する強力な手段となります。中でも「プロトタイプ」は、アイデアを早期に形にし、住民のフィードバックを得ながら改善を進めるための鍵となります。本記事では、自治体の現場でプロトタイピングをどのように実践し、住民を巻き込みながらサービス改善を加速させるか、具体的なヒントとプロセスをご紹介します。
サービス改善におけるプロトタイピングの重要性
プロトタイピングとは、アイデアや仮説を「最小限のコストと時間」で形にし、実際に使ってもらったり、体験してもらったりすることで、その有効性や課題を検証する手法です。完成度を追求するのではなく、「素早く試し、失敗から学ぶ」ことを目的とします。
このアプローチがなぜ自治体サービス改善に有効なのでしょうか。
- 早期の課題発見と手戻りの削減: 大規模なシステム開発や制度変更を行う前に、小さな検証を繰り返すことで、潜在的な問題点や住民のニーズとのズレを早期に発見できます。これにより、完成後の大幅な手戻りや再構築のリスクを大幅に削減できるでしょう。
- 住民の具体的な声の収集: 抽象的なアンケートやヒアリングだけでは得られない、実際の利用体験に基づいた具体的なフィードバックを得られます。「使ってみて初めて分かった」という気づきは、サービスの本質的な改善につながります。
- 関係者の合意形成の促進: 漠然としたアイデアよりも、実際に触れることができるプロトタイプは、サービス改善のイメージを共有しやすく、庁内外の関係者や住民との合意形成をスムーズに進める手助けとなります。
- 失敗を許容する文化の醸成: 小さなプロトタイプであれば、たとえ期待通りの結果が得られなくても、その「失敗」は貴重な学びとなります。完璧を目指さず、試行錯誤を繰り返すことで、改善に向けた前向きな組織文化を育むことにもつながります。
自治体におけるプロトタイピングの実践ステップ
デザイン思考の「プロトタイプ」と「テスト」のフェーズは、密接に連携しています。ここでは、具体的な実践ステップを解説します。
ステップ1:アイデアの可視化と具体的なシナリオ作成
共感フェーズで深掘りした住民の課題やニーズ、そしてそこから生まれたサービス改善のアイデアを、まずは「見える形」にしていきます。
- 誰が: サービス改善を検討している部署の職員が中心となります。可能であれば、他部署の職員や、共感フェーズで協力してくれた住民代表も交えると、多角的な視点を取り入れられます。
- 何を・どのように:
- サービスフローの図示: 改善後のサービスがどのように進むのか、フローチャートやストーリーボード(漫画のように一連の流れを描く)で具体的に示します。例えば、「窓口での申請」であれば、住民が窓口に来てから手続きが完了するまでのステップを詳細に描きます。
- ユーザーシナリオの作成: サービスを利用する住民が「どのような状況で、何を求めて、どう行動するか」を具体的に描写します。「〜さんが、〇〇の手続きのため窓口を訪れ、新しい案内表示を見て…」といった形で、住民の感情の変化も含めて記述すると、よりリアルなイメージを共有できます。
- 利用ツールの検討: ホワイトボード、模造紙、付箋、パワーポイントのスライド、紙とペンなど、手軽に入手できるもので構いません。重要なのは、アイデアを共有し、議論するための「叩き台」を作ることです。
ステップ2:簡易プロトタイプの作成
可視化したアイデアを、実際に「体験できる」形にしていきます。この段階では、完璧さは一切求められません。
- 誰が: ステップ1でアイデアを可視化したチームが引き続き取り組みます。
- 何を・どのように:
- アナログなプロトタイプ: 最も手軽なのは、紙や段ボール、既存の備品などを使ったアナログな方法です。
- 例1(窓口サービス改善): 窓口の案内表示や手続き書類の配置を改善するなら、模造紙にサインを書いて貼ったり、既存の書類を並べ替えたりして「模擬窓口」を設けます。
- 例2(広報誌の改善): 新しいデザインや構成の広報誌を検討するなら、A4の紙をホチキスで留めただけの簡易版(ペーパープロトタイプ)を作成し、見出しや記事の配置、写真のイメージを貼り付けてみます。
- 例3(オンライン申請のUI改善): ウェブサイトやアプリの操作性を改善するなら、紙に画面のパーツ(ボタン、入力欄など)を描き、それらを順に提示しながら操作をシミュレーションします。
- サービスロールプレイング: サービスの提供者と利用者に分かれて、サービスの流れを実際に演じてみます。
- 例(住民説明会の改善): 説明会の冒頭の挨拶から質疑応答までの流れを、職員同士で演じ、時間配分や話し方、住民からの質問への対応などをシミュレーションします。
- 既存ツール・システムの活用: すでに存在するツールやシステムの一部を借りて試すことも有効です。例えば、チャットボット導入を検討するなら、簡易的なQ&Aを既存のチャットツールで試してみるなどが考えられます。
- アナログなプロトタイプ: 最も手軽なのは、紙や段ボール、既存の備品などを使ったアナログな方法です。
ステップ3:住民を巻き込んだテストとフィードバック収集
作成したプロトタイプを、実際にサービスを利用する可能性のある住民に体験してもらい、生の声を聞く重要なフェーズです。
- 誰が: 共感フェーズで協力してくれた住民や、モニターとして協力してくれる住民に依頼します。テスト実施の目的と方法を事前に丁寧に説明し、安心して参加してもらえる環境を整えることが重要です。
- 何を・どのように:
- テストの実施:
- 作成したプロトタイプを実際に使ってもらったり、ロールプレイングに参加してもらったりします。
- 職員は「観察者」に徹し、住民の行動や反応を注意深く記録します。困った顔をした、特定の場所で立ち止まった、迷った、といった些細な行動も重要な情報です。
- テスト中は、必要以上に説明せず、住民が自然に行動できるように促します。
- フィードバックの収集:
- テスト後には、住民に個別でヒアリングを行います。「どこが良かったか」「どこが分かりにくかったか」「何に困ったか」「もし改善できるとしたら、どうなっていたらもっと良いと感じるか」など、具体的な体験に基づいた質問を投げかけます。
- 単に「良かった」「悪かった」だけでなく、「なぜそう感じたのか」という理由や背景を深掘りする質問を心がけます。
- 匿名での意見収集や、付箋を使った意見出し(KJ法など)も有効です。
- フィードバックの記録: 住民の言葉、観察結果、気づきなどを漏れなく記録し、チームで共有します。
- テストの実施:
ステップ4:改善と再プロトタイピング
収集したフィードバックを分析し、プロトタイプを改善して、再びテストを行うサイクルを繰り返します。
- 誰が: チーム全体でフィードバックを共有し、改善点や次のアクションを議論します。
- 何を・どのように:
- フィードバックの整理と分析: 意見を「肯定的な点」「改善点」「新たな気づき」などに分類し、特に重要な課題や共通する意見を特定します。
- 改善点の抽出と優先順位付け: 解決すべき課題の中から、影響度が大きく、かつ実現可能性が高いものから優先的に改善策を検討します。
- プロトタイプの修正・改善: 特定された課題を解決するために、プロトタイプに修正を加えます。この際、最初から完璧なものを目指すのではなく、まずは課題を一つずつ解決するための「最小限の修正」を意識します。
- 再テストの実施: 修正したプロトタイプを用いて、再度住民にテストを行い、改善の効果を確認します。この「構築→測定→学習」のサイクルを繰り返すことで、サービスの質を高めていきます。
自治体特有の課題と克服のヒント
デザイン思考のプロトタイピングを自治体で実践する際には、特有の課題に直面することもあります。
- 課題1:予算・時間的な制約
- 克服のヒント: 既存の資料や備品、身近な材料(紙、付箋、ホワイトボードなど)を最大限に活用し、初期段階ではデジタルツールにこだわる必要はありません。小規模なチームで、業務時間の一部を使って短期間で試行錯誤することを意識しましょう。
- 課題2:完璧主義・失敗への抵抗感
- 克服のヒント: 「これはあくまで仮説を検証するための試作品である」という認識をチームや上層部と共有します。失敗は「学習の機会」であることを強調し、成功事例だけでなく、失敗から学んだことも積極的に共有することで、挑戦しやすい雰囲気を醸成できます。
- 課題3:住民の協力確保の難しさ
- 克服のヒント: 住民に協力をお願いする際は、テストの目的、参加によって得られるメリット(例:より良いサービスにつながる、自分の意見が反映される喜び)、所要時間を明確に伝えます。普段から住民との関係性を構築し、信頼を得ておくことも重要です。感謝の気持ちを伝え、フィードバックがどのようにサービスに反映されたかを具体的に報告することで、継続的な協力を促せます。
- 課題4:成果の見えにくさ
- 克服のヒント: プロトタイピングの各段階で、どのような課題が発見され、どのように改善されたかを具体的に記録します。定量的なデータ(例:問い合わせ件数の減少、処理時間の短縮)だけでなく、定性的な住民の声(例:「分かりやすくなった」「困ることが減った」)も合わせて可視化し、成果として共有することで、関係者の理解と協力を得やすくなります。
まとめ:一歩踏み出す勇気がサービス改善の原動力に
デザイン思考のプロトタイピングは、「完璧なもの」を目指すのではなく、「小さく、早く、何度も」繰り返すことで、住民ニーズに真に応えるサービスを創り出すための実践的なアプローチです。
日々の業務に追われる中で、新たな挑戦には躊躇が伴うかもしれません。しかし、紙とペン、既存の資料、そして住民の「声」という、身近なリソースから始めることができます。失敗を恐れずに一歩踏み出し、住民の皆様と共にサービスを育んでいく姿勢が、持続可能な地域社会の実現に向けた強力な原動力となるでしょう。
本記事が、皆様のサービス改善への具体的な一歩を後押しするヒントとなれば幸いです。