住民参画型アイデアソン:デザイン思考で協働を生み出す自治体実践ノウハウ
住民の皆様からのご意見やご要望は、日々のサービス改善の貴重な源です。しかし、それらの声をどのように具体的な施策やサービスへと落とし込み、住民の皆様にとって真に価値あるものとして実現していくかという点に、課題を感じている自治体職員の方も少なくないのではないでしょうか。
デザイン思考は、このプロセスにおいて住民中心のアプローチを可能にする有効なフレームワークです。特に「発想(Ideate)」のステップは、共感によって得られた住民のニーズや課題を、具体的な解決策のアイデアへと昇華させるための重要な段階となります。この記事では、デザイン思考の「発想」ステップにおける具体的な実践手法の一つとして、「住民参画型アイデアソン」を取り上げ、そのプロセスと自治体における導入のヒントを解説します。
デザイン思考における「発想(Ideate)」の重要性
デザイン思考は、「共感(Empathize)」「定義(Define)」「発想(Ideate)」「プロトタイプ(Prototype)」「テスト(Test)」という5つのステップを繰り返しながら、課題解決を目指す思考法です。この中で「発想」のステップは、これまでに深く理解した住民の課題やニーズに基づき、多様な解決策のアイデアを生み出す段階を指します。
住民参画型アイデアソンは、この「発想」のステップを住民の皆様と行政職員が共に進める手法です。これにより、行政側では気づきにくい住民目線でのアイデアや、様々な背景を持つ参加者による多角的な視点を取り入れることが可能となり、より実効性の高いサービス改善へと繋がる可能性が高まります。単なる意見交換に終わらせず、具体的なアイデアの種を生み出すことが、このプロセスの大きな目的です。
住民参画型アイデアソンの実践ステップ
住民参画型アイデアソンを成功させるためには、以下の3つのステップに沿って計画的かつ着実に進めることが重要です。
ステップ1: 周到な準備 - 目的と参加者の設定
アイデアソンを始める前に、その目的を明確にし、適切な環境を整えることが成功の鍵となります。
- 課題の明確化とゴールの設定:
- 「誰の」「どのような課題を」「どのように解決したいのか」というアイデアソンのテーマを具体的に設定します。例えば、「子育て世代の孤立感を解消するサービス」のように、ターゲットと課題、目指す方向性を明確にすることが重要です。
- ゴールは「〇〇に関する具体的なサービスアイデアを3つ以上生み出す」など、定量的な目標も設定すると良いでしょう。
- 多様な参加者の選定:
- 住民、他部署の職員、NPO関係者、地域の事業者、学識経験者など、多様な視点を持つ人々を募ります。ターゲットとなる住民層からの参加は必須です。
- 性別、年齢、職業、居住地域など、幅広い層から意見を引き出すためにも、多様性を意識した募集を心がけます。
- 参加者がアイデア出しに集中できるよう、定員は10〜20名程度が推奨されます。
- ファシリテーターの役割とスキル:
- アイデアソン全体の進行を管理し、参加者の発言を引き出し、意見をまとめ、議論を活発化させるファシリテーターは非常に重要です。
- 中立的な立場で議論を導き、参加者全員が安心して発言できる雰囲気を作るスキルが求められます。必要であれば、外部の専門家を招くことも検討します。
- 会場とツールの準備:
- 自由に意見を出しやすい、開放的でリラックスできる会場を選びます。グループワークがしやすいよう、机や椅子の配置にも配慮します。
- 模造紙、付箋、マーカー、投票シール、タイマーなど、アイデア出しに必要なツールを十分に準備します。
ステップ2: 開催当日の流れ - アイデアの創出と収束
アイデアソン当日は、参加者が安心して意見を出し合える雰囲気作りと、効果的なアイデア創出を促す進行が求められます。
- アイスブレイクと共通認識の醸成:
- 参加者同士が打ち解け、活発なコミュニケーションが生まれるよう、軽い自己紹介や簡単なゲームでアイスブレイクを行います。
- アイデアソンの目的、デザイン思考の基本的な考え方、本日のゴールを共有し、全員が同じ方向を向いて取り組めるようにします。
- 共感と課題の再確認:
- 事前に実施した住民調査の結果や、定義した課題に関する情報を共有し、参加者全員で「誰の、どのような課題を解決するのか」という共通認識を深めます。これにより、アイデア出しの方向性がブレることを防ぎます。
- 発想を広げる具体的な手法:
- 多様なアイデアを生み出すために、いくつかの発想手法を組み合わせて実施します。
- ブレインストーミング: 「質より量」「批判しない」「自由に発想」「結合・改善」の4原則を共有し、制限なくアイデアを出し合います。模造紙に付箋でアイデアを書き出し、壁に貼っていく形式が一般的です。
- SCAMPER法: 既存のサービスや物事に対し、「代用する(Substitute)」「組み合わせる(Combine)」「応用する(Adapt)」「変更・拡大する(Modify/Magnify)」「別の用途に使う(Put to other uses)」「排除・縮小する(Eliminate)」「再編成する(Reverse/Rearrange)」という視点からアイデアを広げます。
- ワールドカフェ: 少人数のグループでテーマについて対話を行い、メンバーを入れ替えながら議論を深めていく手法です。多様な意見が混じり合い、新たな視点が生まれます。
- これらの手法を通じて、具体的な行動や体験を伴うアイデアを促します。
- 多様なアイデアを生み出すために、いくつかの発想手法を組み合わせて実施します。
- アイデアの収束と選択:
- 数多くのアイデアの中から、有望なものを絞り込みます。
- ドット投票: 参加者が、特に良いと思うアイデアにシールを貼って投票します。これにより、直感的に共感されるアイデアが可視化されます。
- 影響度・実現可能性マトリクス: アイデアを「実現可能性」と「影響度(課題解決への貢献度)」の2軸で評価し、優先順位をつけます。これにより、現実的な視点も加味しながら、最も効果的なアイデアを選定します。
- 数多くのアイデアの中から、有望なものを絞り込みます。
ステップ3: アイデアの評価と次のアクション - プロトタイプへの接続
アイデアソンで生まれたアイデアは「種」に過ぎません。これを具体的なサービスへと育てるための次のステップが重要です。
- アイデアの具体化と優先順位付け:
- 選ばれたアイデアについて、さらに詳細な内容(「誰が」「何を」「どのように」)を記述し、簡単なアクションプランを作成します。
- デザイン思考の次のステップである「プロトタイプ」に繋げられるよう、アイデアを「小さく試せる形」に落とし込むことを意識します。
- プロトタイプ作成に向けた準備:
- 優先順位の高いアイデアから、実際に試作(プロトタイプ)を行うための具体的な計画を立てます。これは簡易的なウェブサイト、イベントの告知チラシ、寸劇など、様々な形で実施可能です。
- 参加者への感謝とフィードバック:
- アイデアソンへの参加に対し、感謝の意を伝えます。また、今後アイデアがどのように活用され、どのような形でサービス改善に繋がっていくのかを、継続的に参加者にフィードバックする体制を整えることで、住民の皆様の協力意欲を高めます。
【事例紹介】A市の地域活性化サービスにおけるアイデアソン実践
A市では、地域活動の担い手不足と世代間交流の希薄化が課題となっていました。そこで市民協働課が中心となり、デザイン思考のアプローチを用いてサービス改善に取り組むことになりました。
- 課題: 地域活動の高齢化と担い手不足、若年層の地域への無関心、世代間の孤立。
- 実施体制: 市民協働課職員、地域住民(20代〜70代の幅広い世代)、地域のNPO法人関係者、商工会議所青年部。
- プロセス:
- 共感フェーズ: まず、数回の地域ヒアリングやワークショップを実施し、世代間の地域活動への関心や課題意識、地域への思いを深く理解しました。若年層からは「地域活動に参加したいが、きっかけがない」「年配の方との交流方法が分からない」といった声が、高齢者からは「地域を元気にしたいが、若い人の意見が欲しい」「体力的に活動が難しい」といった声が聞かれました。
- 定義フェーズ: これらの共感に基づき、「地域活動に関心があるが、一歩踏み出せない若年層と、地域を盛り上げたいが高齢化で悩むベテラン世代が、気軽に協働できるきっかけを創出する」という課題を定義しました。
- 発想フェーズ(住民参画型アイデアソン): 定義した課題に基づき、2回にわたる住民参画型アイデアソンを開催しました。
- 1回目: 参加者全員で「もし地域にこんな場所があったら」「こんなイベントがあったら」というテーマでブレインストーミングを実施。地域資源(空き店舗、公園など)を起点とした発想を促しました。
- 2回目: 1回目のアイデアを元に、実現可能性を考慮した具体的なサービス案へと深掘り。SCAMPER法を用いて、既存の地域活動を「若者向けにアレンジできないか」「他の団体と組み合わせられないか」といった視点で議論しました。
- 生まれたアイデア例: 「世代を超えた地域課題解決ハッカソン(短期集中型で地域の課題を解決するイベント)」「空き店舗を活用した多世代交流カフェ(若者と高齢者が役割を分担し運営する)」「地域の達人によるワークショップ(高齢者の知識・技術を若者に継承)」など、多岐にわたるアイデアが生まれました。
- プロトタイプ・テスト: 優先順位の高かった「空き店舗を活用した多世代交流カフェ」を、実際の空き店舗で1ヶ月間限定の試験営業として実施しました。メニュー開発から運営まで、住民と職員が協働し、フィードバックを得ながら改善を進めました。
- 成功要因:
- 多様な住民の参加: 若者から高齢者まで幅広い世代が参加し、互いの視点を知ることができた点。
- 行政の積極的な関与: 市民協働課がファシリテーターを担当し、参加者の意見を尊重しながら議論を円滑に進めた点。
- 具体的なアウトプットへの意識: アイデアソンを「アイデア出し」だけでなく「プロトタイプに繋げる」意識で行った点。
- 直面した課題と克服:
- アイデアが抽象的すぎた: 最初のアイデア出しでは抽象的な意見が多かったため、2回目では「予算5万円でできること」「3ヶ月以内に実現できること」といった具体的な制約条件を提示し、現実的なアイデア創出を促しました。
- 参加者の意見の偏り: 特定の世代や活動的な住民の声に偏りがちだったため、意図的に普段地域活動に参加しない層や、SNSを通じて若年層への参加を呼びかけるなど、募集方法を工夫しました。
自治体でアイデアソンを成功させるためのヒント
アイデアソンを効果的に導入し、継続的なサービス改善に繋げるためには、いくつかのヒントがあります。
- 小規模からスモールスタート: 最初から大規模なイベントを計画するのではなく、特定の部署や地域の小規模な課題をテーマに、数名の住民と職員で始めるなど、小さく始めることで経験を積み、成功体験を共有することが重要です。
- ファシリテーター育成の重要性: 内部でファシリテーターを育成することは、持続的な活動の基盤となります。研修への参加支援や、経験者とのOJTを通じて、職員のスキルアップを図ります。
- 失敗を恐れない文化の醸成: 新しいアイデアや取り組みには失敗がつきものです。しかし、その失敗から学び、次に活かすというデザイン思考のサイクルを組織全体で理解し、挑戦を奨励する文化を醸成することが、イノベーションには不可欠です。
- 住民への継続的な情報提供とフィードバック: アイデアソンで出たアイデアがその後どうなったのか、結果的にどのようなサービスに繋がったのかを、参加者や地域住民に積極的に情報提供し、フィードバックを行うことで、住民の参加意欲や行政への信頼感を高めることができます。
まとめ
住民参画型アイデアソンは、デザイン思考の「発想」ステップにおいて、住民の皆様と行政が協働し、真に住民中心のサービスアイデアを生み出すための強力な手法です。単なる意見交換に終わらず、具体的な課題解決に向けたアイデアの「種」を生み出し、それをプロトタイプへと繋げていくプロセスは、サービスの質の向上に不可欠です。
日々の業務の中で、住民の皆様の声をどう活かすか、アイデアのマンネリ化をどう打破するかといった課題に直面している係長クラスの皆様にとって、本記事が住民参画型アイデアソンの実践に向けた具体的な一歩を踏み出すきっかけとなれば幸いです。小さく始め、試行錯誤を繰り返しながら、ぜひ皆様の自治体でも協働によるサービス改善を実現してください。